先月結婚、来月社長に就任。
トップセールス、経理から主婦業まで。
ルームミラーから消えるまで、彼女は玄関前で私の車を見送っていた。一事が万事この姿勢を貫いているのだろう。大切なお客様への心遣いがうかがえて、この若い女性の経営力に、将来の発展を思い浮かべながら会社へ戻った。
卒業後メガネ屋さんに勤め、8年前に父親が経営するノムラ自動車で働くようになった。彼女は、広告の大切さを父親に訴えたが、「うまくいくはずがない」と一蹴された。それではと終業後、パソコンに向かって自作のチラシとクーポン券を作り、テレビを見ながらカッターで切り、ていねいにビニール袋に入れ、夜の更けるのも忘れて熱中した。翌日には時間を見つけて地域の家庭にポスティング。来る日も、来る日も繰り返しているうちに、指や腕が痛み、足は棒になるほどの筋肉疲労。そんな努力が報われて、クーポン券を持参して訪れた客を見たときは、感激で胸の熱くなるのを覚えたという。そのお客は河原さんといい、永いお付き合いが続いているそうだ。こんな努力が着実な成果を生み、父親の信頼を得て、広告予算の獲得につながった。
全労済の指定工場なので、会員の満期表が定期的に送られてくる。これが全く利用されていないことを知り、住宅地図とにらめっこしながら情報を整理して、DMを発送するようにした。指定工場はこの地域に40ほどあり、当時は獲得件数が下から9番目だったが、3年後にはトップにランクされるようになった。年間獲得が実に160件を越えるそうである。彼女は企画を即実行に結びつける、希少な両刀使いの行動派である。
忍耐と努力
この言葉を簡単に言える女性は少ない。ましてやこの若さで。筋金入りの信念を感じて、我ながら戸惑いを覚える。そんな彼女の忍耐と努力が新規の顧客を取り込み、今では個人客が6割を越えるという。口コミや紹介で会社を訪ねる新規のお客さんも多いので、女性にも入りやすい会社の雰囲気作りをしている。殺風景な整備工場のイメージを変えるために緑を配したり、インテリアにも工夫を加えている。全従業員の規律として「明るい挨拶の励行」に心掛けている。私が訪れたときも、整備作業中の従業員から快活な挨拶の言葉を受けた。習慣化されていることがいい。顧客への対応も、まず不安を取り除くために、明確な見積を提示し、職場の実務担当から説明させている。対話の中から信頼が芽生え、納得していただいてから契約を交わす。個人客はちゃっかり現金決済システムがルーチン化されている。
動物好きの彼女は、事務所内に小鳥を育てている。自宅ではワンちゃんを飼っている。彼女の表現では「ちっちゃな、たぬきのようなハスキー犬」だという。栄養失調なのか遺伝なのか、大きくならないメグちゃんの話題をうれしそうに話す。そんな彼女が先月結婚し、来月には父親に代わって社長に就任する。営業の先陣を走り、経営の指揮を執り、家庭の主婦も務める。大車輪の活躍ぶりを、ずっと眺めていたいものである。
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