一生かけても食べきれない
豊富な種類の本物チーズにゾッコン。
まだ二十歳代半ばの若さで、小さいながらもひとつのお店を任されている。清々しいお嬢さんの口からチーズへの情熱のお話が泉のように次から次へと湧き溢れてくる。趣味は?の問いに、ちょっと考え込んでから「チーズ」のひと言。特にフランスが大好きなようで、現地視察も楽しみのひとつとか。
この店のオーナーであるワインジャーナリストの大類猶人さんを通じて知り合ったジャン・ダロスさんの話が出てきた。彼はフランスでも20人といない国が認定したチーズ熟成士のひとりだそうで、ボルドー地方を中心にホンモノの手作りチーズの発展に尽力しているという。「日本酒で言えば、無形文化財の杜氏みたいな人ですか?」の問いに戸惑いの顔。ダロスさんのチーズ作りの原点は、その土地柄、風土を感じさせる産地固有の本物のチーズの味を引き出すことだそうで、この店メルクルのオリジナルは、日本酒や緑茶をダロスさんに送り、現地で良い菌をたくさん含んだ生のミルクを使って丹誠こめて熟成させてから、日本へ送ってもらうそうである。
チーズは本来、牛乳の栄養素を十分の一に凝縮した健康食品であり、カルシウムもふんだんに含んでいるので、問題になっている現代人の骨ソショウ症にも効果があり、女性の悩み、肥満とは縁がないダイエット食品でもあるという。肥満の中年女性がダイエット食品のセールスをしている姿には、思わず吹き出すものがあるが、彼女は均整のとれたプロポーションの持ち主である。フランスチーズファンの彼女は、とにかくチーズしか頭にはないぐらいで、チーズが恋人のように思われる。
「ヤギのチーズを食べたことはありますか?」
戦後の食糧難時代に故郷でヤギのお乳を絞り、そのミルクを飲まされた記憶はあるが、腹を空かせた当時でも美味の記憶は残っていない。元来私の経験からして、ヨーロッパの田舎で出てくる自家製チーズは、鼻をつまんでも食べられないものがある。そんな私は本当のチーズ愛好家とは言えないだろう。でも、愛好家にはヤギのチーズや、日本酒、緑茶のチーズ、はたまたフランスの各土地柄のオリジナル自家製チーズは魅力ある存在だろう。
フランスチーズと言えば、フランスワインを語らずにはいられない。ブルゴーニュのワインはあまりにも有名だが、体格からして西欧人より劣る日本人にはチーズとの組合せがいいだろう。特に赤ワインとは相性がいいはずだ。セミハードのチーズを嗜みながら、常温のグラスをグイッと飲み干す。何も食べずに1リッターを平気で飲み干す現地の人には負けるので、粋な飲み方を楽しみたいものである。
以前チロルにいた時、朝食は決まって焼きたてのパンを買いに行き、バターの上に必ずジャムかハチミツをのせて食べたものであるが、彼女が見せてくれたハチミツは20種類をくだらない。爪楊枝にからませて、いろいろ試食させてもらったが舌の上にノスタルジックな芳醇を感じた。
まだまだ若い庄司朋未さん。フランス文化を紹介したいという夢は、これから私たちにどんな美味の世界を見せてくれるのだろう。楽しみである。
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