標高1900mのしらびそ峠まで、車で上がることができる。ここからは南アルプス南部の山々が見渡せるが、荒川岳、赤石岳、聖岳も朝靄の中にうっすらとスカイラインを分けている。さすがに標高が高いせいか、春の花は今からである。マイヅルソウも咲き始めで、タチツボスミレやミヤマハタザオが峠一帯に咲いている。今日は夫婦でのんびりと尾高山まで気軽にピストンを決め込む。
ここへ来るまでに、九十九谷で道草してクリンソウを観賞したため登山時間が遅れたが、もともと思い違いもあった。飯田ICから30分程度と思っていたが、はるかに遠く、林道もツヅラ折れの狭い急峻な道。道草も含めて、予定より一時間半の遅れである。
登り始めから急な勾配のルートはしんどい。始めの15分は調整を考えてゆっくり歩くのだが、それでも息が切れる。案の定、カミさんの愚痴。「私は足が短いから損をする」。くだらない話しに乗っていると尚更疲れるが、今日は二人旅、相槌をうちながらのんびりと登る。背丈の低い笹原の灌木帯を過ぎると、左斜面一帯がカラマツ林に変わる。新緑に包まれながら、なだらかな稜線をたどって行く。静かな山である。人も少ない。鳥のさえずりだけが山に響く。鳥には疎いが、ミミズクの声であろうか。静寂の世界を演出するベースのリズムに、突然キンキンのソプラノがしじまをつんざく。
暗い樹林帯には小さな花が多い。白い花はコミヤマカタバミ。黄色い花はコキンバイ。
いっそう静かさを感じるころ、周りは苔むしたシラビソやトウヒの世界に入る。倒木を覆う苔、朽ちた緑の造形豊かな根っ子。静まり返った濃緑の原生帯。ここを見るだけで、この山を訪れた価値がある。北八の白駒池とは一味違う。倒木の苔の中にカタバミが顔を出す。この世界には不似合いだが、カメラを構える。しかし絵にしずらい。邪念が入っているからだろう。次ぎに訪れる機会があるなら、独りで一日座禅を組むか。
小さなアップダウンを繰り返えすが、稜線からの展望は良くない。数少ないニリンソウの群落、輪状の実は確認していたが、花を見つけてカメラに収めたバイカオウレン、そろそろ最後の登りに入る頃に右の崖に見つけたイワカガミ、こんな楽しみを経て急な露岩まじりの登りをヒトコギで尾高山頂にたどり着いた。
山頂からは何も見えない。視界ゼロ。標識にはビューポイントの指示はあるが、100m程先の展望は右の写真だけである。ここには先行の三人組が陣取っている。挨拶を交わして、その後の露岩に腰掛け、昼食をとることにした。
周りがだんだん暗くなり肌寒く感じてきたので、いつもの一時間昼食タイムを切り上げて、下りを急いだ。前尾高で、これから登る中高年一隊とすれ違う。年の頃は私たちと同じ。20人程の大連隊である。「気をつけて」と声を掛けたが、分かっているのだろうか。
しらびそ峠で車に乗り、麓へ着く頃にけたたましいにわか雨。あの人たち、大丈夫かな。
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