柴田さんとワシリさん。
幹線道路を外れると未舗装になり、ご覧の土ホコリを浴びる。
黒川湿原入口。
帰路に本屋で地図を購入。
夕食のメインディッシュはソテー風牛肉とポテト
◆ドリンスク
ユジノサハリンスク北方約40Kmの近郊都市。人口1.6万人。ここの駅前にあるラーダというカフェで昼食を食べた。
朝食は常にユーラシアホテル1Fのレストランでとったが、常に紅茶しか出ない。コーヒー党には辛い。しかも食事の後に出てくるから、注文をつけて下さい。
「ファースト ティー」
しかし、通じないかも・・。 |
|
いよいよ北国の自然との出会いが始まる。今日からは8時朝食、9時出発、夕方5時まで植物調査が続く。
黒川湿原はユジノサハリンスクの北方50キロの位置にあり、ドリンスクから数キロ西に入ったポプロフカ村にある。このあたりは農業が盛んで大きな農家が目立つ。ジャガイモ、キャベツ、ニンジンなどを生産している。道路端に白い花を咲かせるハナウドが多い。この帰化植物は食用に育てられた時期もあったらしいが今では農家にとって邪魔な雑草的存在とのこと。
幹線道路を外れると地道になる。ホコリを巻き上げながら林道を走り、湿原入口にバスを停めて歩き始める。
歩き始めから珍しいオオウサギギクが目に入る。ウサギギクの積もりでいたが、柴田さんの説明が入った。後日の話では、日本では珍しく、北海道本土では三個所だけ確認されているとのこと。そのうちの一つは、実は柴田さんの調査でみつかったとのことでした。
右上の写真は天然ガスを送るパイプラインを越える中部大学調査隊メンバー。中部ノグリキから北端オハにかけては、石油や天然ガスが産出される。油田開発には日本も参画しているが、ユジノサハリンスク郊外に瀟洒なアメリカ村があることからすれば、エクソン等アメリカメジャーの進出も盛んなようである。
※オハは最北端に位置するが石油資源、林業が盛んなサハリン第4の都市。人口3.6万人。この北に自然の宝庫シュミット半島がある。ユジノサハリンスクから鉄道とバスで一昼夜を要するが、大陸側のハバロフスクからは毎日航空便が2時間で運んでくれる。
先頭のワシリさんと、しんがりの私まで、声が届かないほど離れてしまう。道が分岐していても待っていない。最後尾がはぐれたようなので、別の道がないか捜す。左手の草むら道が新しい踏み跡のようだ。ホイッスルを吹いたら前方から声。やれやれ。湿原の広大な面積が、山火事で焼失していた。子供の火遊びが原因とのことだが、黒い原野は太陽熱を吸収するのだろう。平坦な道を歩いているだけで汗が噴き出てくる。
上掲したもの以外の植物を下に紹介します。
ヤマハハコ・マンテマ・エゾオオヤマハコベ・ヨブスマソウ・エゾニュー
エゾクガイソウ・オオバギボウシ・サワギキョウ・ヒメシャクナゲの実
ワタスゲ・ミズチドリ・ミカヅキソウ
ゴゼンタチバナの実・クロマメノキの実・オドリコソウ・?未同定
?未同定・ホルムイイチゴ・ヨツバヒヨドリ・アマニュウ・ツリフネソウ
ヤナギラン
ハマエンドウ・ハマナス・湿原を流れる川とグイマツ
広大な湿原は、北海道の原野を思わせる。緩やかなスカイラインを遮るのは、まばらに突っ立つグイマツだけで、ツツジ系の小低木が多い。ふわふわの絨毯の上を歩くような感触。足元にはモウセンゴケがびっしり。膝をついて撮影スタイルをとると、じわっと水が浸みだしてくる。湿原独特の地質で踏み外すとズブッと靴が沈む。ゴゼンタチバナが赤い実をつけているのにサワギキョウは蕾の状態。短い夏は、すでに秋へ衣替えが始まっているが、一ヶ月もすれば花の季節は終わり、長い冬が訪れることだろう。
ドリンスクで遅い昼食を取り、その後オホーツク海岸、スタロドゥボスコエィでゴマフアザラシを見物。海水浴客を尻目に、沖の島で寝そべっていた。けだるいアザラシの鳴き声がひびく。この日も暑く、北国でも温暖化が進んでいるようである。
金曜日なのに海辺には海水浴客が見受けられる。短い夏を家族ではしゃいでいる姿は日本と変わりないが、白人系の露出好みは欧米と変わりない。さすがにヌーディストはいなかったが、ここは日本から最も近い白人系外国である。→→◆サハリンの人々
帰路、ユジノサハリンスクで本屋に寄ったが、書籍類も極めて安価である。地図などは、現地調達に限る。
左/ユジノサハリンスク駅とユーラシアホテル 右/レーニン公園
|